花岡パトリオット
故郷花岡を愛する学生、仮ピーの、折り紙、遊戯王、音楽、アニメ、漫画などの趣味を紹介していくブログです。 同じ趣味を持つ方々との繋がりを増やしていくことが一番の目的です。 どうぞごゆっくり。
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【夢日記】「死のメリット>死のデメリット」夢の話だから!そんなに心配しないで!

何度目かの、車に轢かれる夢。

※グロ注意




20161118に見た夢。
タイトルは、「まあいいか学校行かなくて済むし」


毎週開催される研究室のグループミーティング前日、学校で実験をするもまともな信号が一切取れず、担当教員に今週も
「それって何もしてなかったのと何が違うの?説明してみて」
「要するに、サボってたのと同じってわけね」
「時間かけるわりに何もできない、なんて情けない奴だ」
をいただけるに違いない嫌だなぁ、学校に行きたくないなぁ、朝学校に行ったら、大学が全焼ていればいいのに、何かしらの外部要因で、俺が学校に行かずに済む大義名分が隕石と一緒に研究室に降ってこないだろうか、と考えながら原付で大学へ向かう。
なんだかんだ言って大学に行って、ミーティングで少しでも怒られないように、と毎日実験をしている自分がまるで滑稽に見えて仕方がなかったけど、大学を辞める度胸もないし、きっと毎週人格否定をされながら結果の出せないおままごとはあと1年続くんだろうなぁ、と思っていた俺は、いつしか登校中、対向車とすれ違うたび、後遺症の残らない程度の交通事故で数か月学校を休みたい、と考えて、
「この軽自動車ならセーフ、このトラックならアウト……。車の下敷きにならずにボンネットの上にはじき飛ぶように……こう!」
と、交通事故に遭うシミュレーションを行うのが日課になっていた。

そんなある日大学から家へ帰る途中、ついにその時がやってきた!
白い乗用車(洋画に出てくるような薄汚い硬そうな車)が、帰宅途中原付の俺に向かって、中央線を大きくはみ出して突っ込んでくる。
俺はその時、たまたまヘルメットのあご紐を結ぶのを横着していた(普段は結んでいるが、深夜の帰宅中などイラついているときはサボることが多い)。

その暴走車をよけるのに充分な時間はあったが、俺は
「このまたとないチャンスを逃すわけにはいかない、いや、よける?いや、よけない!」
と生存本能とのせめぎあいをしていて体が動かなかった。
しかし俺にはまだヘルメットのあご紐に手を伸ばす時間は遺されていて、「さすがに結んでいないとケガでは済まないな」と思って結ぼうとしたが、さすがに結ぶ時間までは残されていなかった。

そしてあえなく俺と原付は車と衝突。
俺は車の下に巻き込まれるのは嫌だったので、自ら車のボンネット側に転がって受け身をとった。
毎朝していたシミュレーションの再現を試みたのだった。
跳ね飛ばされた俺はフロントガラスの上を華麗に舞い、そのまま車の後方に投げ出される予定だった。
しかし思いがけずフロントガラスに垂直に体を打ち付けた俺は、車の後方ではなく車の前方に投げ出された。
紐を握っていたヘルメットはその衝撃で手から離れ、俺は無防備になった。

5年間ほぼ毎日通い続けた通学路、この道の後方に背の低い塀があるのを俺は知っていた。
「この勢いで塀に衝突するなら、頭以外だったらどこでもいいや」
くらいに考えていたが、俺は後頭部を塀のカドで強く打ってしまった。
そのまま道路に倒れこんだ俺。
体は動かなかったが(すぐに助けが来るだろう、と考えて体を動かそうともしなかったため、実際に動かせない状態だったかはわからない)、意識ははっきりしていた。
俺は、俺を轢いた車がどうなったのか、とか、自分のけがの具合はどうか、とか、そういった状況確認に一切興味を持たず、「このまま俺は死んでいいのか」、と考えていた。

俺は今までの人生を振り返り、これまでで楽しかったことと、これからもしたいことを考えた。
しかし考えれば考えるほど、今までの人生が大変充実していてとても楽しかったことを思うと、やり残したこと、もっとしたいこと、というのが、案外、思い浮かばなかった。

すると変な笑い声がでてきて、いやいやいやwなにかあるでしょwと思いもう一度この先の人生でやりたいことを考えた。

シュミのことを考えた。
遊戯王……はっきり言って最近はマンネリ気味。いつでも辞められる。この先の人生でどうしても続けたいというほどの情熱はない。
折り紙……最近古いアイディアを形にしたばかりでひと段落したところ。パッと「まだこれを形にしていない!」と言えるアイディアに心当たりもない。
サブカルチャー関係……好きな作品の続編!何か見たいのあるでしょ!と思ったけどその時は思い浮かばなかった。

これらは全て、「死ぬことのデメリット」として、「人生を終えるとできなくなってしまうこと」の一例として挙げられているものだった。
しかし残念ながらその時の俺とっては、「大学に行かなくて済む」という、「死ぬことのメリット」の魅力を抑えるには至らなかった……。

そして俺が倒れこんでから気を失うまで、けっこう時間がかかる。
体に痛みはなく穏やかで、その反面もし手足を少しでも動かしてしまえば、これまで体験したことのないような激痛に襲われるのではないか、と思い体を動かせなかった。

でもなんとなく、「この後すぐに気を失う」ということをなぜか俺は知っていた。
俺はそれまでの間に、「死のメリット」>「死のデメリット」という関係が、気まぐれでもいいから、逆転しないだろうか、と期待した。
しかしそれには至らず、むしろ

「俺のこれまでの人生は楽しかった、本当に楽しかった。
この先の人生にどんな可能性が眠っていようとも、これまでの人生以上の楽しみがあるとは到底思えないくらいに、楽しかった」


と、死へ思考が収束し、
「まあいっか」


と思って俺は気を失い、目を覚ましたのだった。





実はこの夢を見てから、塀に頭から激突したときの感触が微妙に残っててw
思ったより人間の頭って固いんだな、丈夫なんだなって思いました。

そのくらい、リアルな夢だった……。

多くの人は自分が死ぬ夢を見たことがあると思うけど、たいてい死ぬきっかけに出会ったらそこで夢は終了じゃない?
でも今回の夢は、車に激突して目を覚ますんじゃなくて、死を迎える寸前までの意識が主題になっている、個人的に珍しい夢だった。
赤の太字になっているところの俺の人生観は、夢の中で初めて至ったんだけど、かねてから俺は自分の将来や可能性を低く見積もっているので、割と納得できるものがある。
もしかしたら、夢が俺に対して何か危険信号を送っていてくれたのかもしれない。

しかし夢から覚めてから、というか、夢日記を書いていて思ったけど、死ぬ間際に俺は
「残りの人生でやりたいこと、思い残したこと」
ばかりを考えていたが、少しは俺が死んで悲しむ周囲の人(特に家族)のことを少しは思い浮かべてもよかったんじゃないかな、って思います。反省。

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