花岡パトリオット
故郷花岡を愛する学生、仮ピーの、折り紙、遊戯王、音楽、アニメ、漫画などの趣味を紹介していくブログです。 同じ趣味を持つ方々との繋がりを増やしていくことが一番の目的です。 どうぞごゆっくり。
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【アニメ】「結城友奈は勇者である」最終話感想
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言いたいことはいろいろあると思うけど、楽しめるアニメだった。

最終回でやっちゃいけないな、と思っていたこと(この記事を参照)、
『「この後どうなるんだろう!」という展開が持ち味のアニメなのに、最終回で考察の材料にできない追加設定によるどんでん返し』
をしていたのが俺にとっては一番がっかりした。
穴をふさぐところまでは追加されるんだろうな、とは思ったけど、そこはうやむやになって(ここはまだ許容範囲)、少なくとも俺は絶対に供物は帰ってこないと思った。帰ってきたら9話、11話の感動が薄れるから良くないなとも思った。
障害を抱えながらも幸せになるエンドを期待していた。
それかラスト、記憶を失い新たな学校で新たな生活を始めた東郷とその新しい友達に、樹海化警報のベルが鳴る……。
こんなバッドエンドかと思った。

しかし実際の最終回ではそんなものは一切なかった。
供物も全部帰ってきて、世界の平和は守られる。勇者部本人らからすれば何の文句もない。
そうするのであれば、まだ納得させるギミックが欲しかった。7話の「お供え物って時間が経てば食べてもいいんだよね?」を伏線にするんだったらするで、供物を取り戻す条件を明示してほしかった。正味、11話で東郷が穴をあけたのが、世界を滅ぼすためではなく、供物を取り戻すための条件に気付いた東郷がそれを満たすため、とかだったら良かったんじゃないかなっておもう。10話→11話で東郷の行為へのとても良いミスリードになって、視聴者をだませる(反面、最終話で展開を予想する余地がなくなってしまうが)。
最終回では供物が返ってくることに関して何もなかった。勇者システムが変わって供物を要求しなくなった結果、なぜ供物が返ってくるってことになるの?
供物が返ってくるという結果に対しては文句はないけど、せめてなにか無理矢理にでも納得させてほしかった。

俺にとっては考察や予想をすべて悪い意味で裏切ってしまった最終回だったが、丁寧に日常回を重ねてキャラクターへの感情移入は成功していたし、先週の段階では「最終回がめちゃくちゃな展開になってもいいから、勇者部のみんなには元気になってほしい!」と思っていたのも事実(まさか本当にそうなるとは思わなかったが)。
しかしやるんだったら素直にハッピーエンドでよかったのに、とは思った。友奈だけ目覚めないくだりは意味があったのか?とも思える。
牛鬼が消えなかったり、舞台での立ちくらみをしたりと、「供物は返ってきたけれど、友奈はひょっとしてまだ一人で……」と思わせたいのかもしれないけど、解答のもらえない最終回なのだし、もうちょっとわかりやすくても良かったんじゃないかなって思う。
結局想像の域を出ないし、しかもその想像は「ゆゆゆを良いアニメということにしたい」という色眼鏡で見た結果生まれるものだ。友奈が一人回復が遅れた理由も、やるからには納得させてほしかった。

とにかく、俺は納得したいんだよ!!

「いいアニメだった」と唸らせられたいんだよ!!



ここまでちょっと批判めいたことを言ってしまったけど、この最終回、褒めるべきところというか、いいなぁ、と思うところは実は批判するところよりも多くある。

まず、友奈が東郷をぶん殴って目覚めさせるAパート。
東郷が勇者システムを「生き地獄」と語り、勇者を続けるくらいなら世界を滅ぼしてやる!とまで至った理由に、前日談、乃木園子と接触したこと絡んでいたのがとてもよかった。
ここまで株が大暴落中で、先週の記事で俺も「東郷の行為には感情移入しづらい」と言っていたけど、大赦を裏切り世界を滅ぼそうとする東郷の気持ちが伝わってきたあの叫びは良かった。
そして友奈がぶん殴るところも良かった。全力でぶん殴り、全力で抱擁。少年漫画的な王道展開、じつにすがすがしくてよい。

太陽を押し返すシーンでは、勇者部全員が力を合わせて「困難に打ち勝つ」。先週の俺は「神樹様の緊急事態、乃木園子が出動してもおかしくない」と思っていたけど、乃木園子は顔を出さない方が結果的には良かった。最後まで勇者部は勇者部の力で立ち向かった結果勝利を手にした。
そして何よりこのシーンでは、「東郷さんの開けた穴はふさがったのか?」「樹海からどうやって戻ったんだよ!」という疑問を感じさせないだけの勢いがあった。

次によかったのは、樹が声を取り戻すシーン。
尺の問題から、樹が自然に会話に口をはさむ→「あれ!?樹そういえば声!」「あ!声が出るよ!後遺症は治るんだね!」みたいなギャグ的な始末ではなく、少しずつ回復していくところを描いたのは賢い判断だった。

友奈がうどんを口にして味覚が戻って喜ぶところも個人的にはかなりぐっと来た。
目には見えない障害だけど、味覚を失うってマジでキツいと思う。
徐々に味を感じなくなっていくんじゃなくて、突然味覚が無くなるって、俺は想像しただけでもぞっとする。
おいしそうにうどんを食べる友奈とそれを見て微笑む風の姿が良かった。

11話までのエンディングのアニメーションのオマージュになった、東郷さんと友奈の立場が逆になったシーンは個人的にはすごい好き。
今まで東郷だけでなくみんなを支えてきた友奈だからこそ、みんなが友奈を支えてくれている、そんな感じがして心温まる。
そして最終的にエンディングで完全に供物を取り戻し文字通りハッピーエンド。





このアニメは俺たちに何を伝えたかったのだろう、ということを考えるとき、友奈たちは勇者として戦ったことで何を得たのか、ということに注目すると、「自分自身と仲間を信じて困難に立ち向かう強さ」?
もし
「友奈たちが頑張って、頑張って、頑張った結果、ただ大赦に使い捨てにされただけでした、という目に遭いながらも、彼女たちは彼女たちなりの幸せを見つけて世界のために戦っています」
みたいな終わり方(ある意味予想していた終わり方)だと、友奈たちが得たもの、アニメが俺たちに伝えたかったことが不明瞭になる。
全部投げっぱなしのハッピーエンドにはなってしまったが、伝えたいものは伝わったんじゃないかなと思いました。



最終回だけ見ると期待には答えられなかったかもしれないが、途中の展開や話の流れは非常に良かった。話題にもなったし、また見たいと思えるとてもいいアニメだった。

まとめると、2014年のお気に入りアニメ3本指に入るくらいには俺はかなり楽しめた。

この作品はアニメそのものが面白かっただけでなく、このアニメの考察や予想を友達とするのがとても楽しい作品だった!

友達とゆゆゆの話をいっぱいして楽しんだこの3か月間を、俺は忘れないだろう。




実際、「牛鬼が消えなかった」「友奈だけ回復が遅れた展開」「舞台での友奈の立ちくらみ」これらを結びつける、友奈は他の勇者部に気付かれないところでまだ勇者として戦っている説があるし、最終回のうわべだけ見てからこの作品の感想を出すのは早計かもしれないね。
あと、よくまどマギと比べている人がいるけど、俺に言わせればまず、ゆゆゆはまどマギじゃない。ゆゆゆでまどマギを期待するのは間違ってる。まどマギの方が、まどマギに比べて、って、考えて感想するのは構わないけど、まどマギと違うから良くない、というのはちょっとアニメに対して失礼な見方だと思う。そんなにまどマギが好きならまどマギ見ろよ。



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