花岡パトリオット
故郷花岡を愛する社会人、仮ピーの、折り紙、遊戯王、音楽、アニメ、漫画などの趣味を紹介していくブログです。 同じ趣味を持つ方々との繋がりを増やしていくことが一番の目的です。 どうぞごゆっくり。
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Q「サンタクロースはほんとにいるんですか?」A「いるに決まってんだろボケ」
クリスマスってさあ……。
なんかそこら辺の日と雰囲気違いますよね……。
危険というかアウトローっていうか……。
もっとはっきり言うと……。
リア充の匂いがするっていうか……。


てかクリスマスがいつから恋人同士で過ごす日になったんだよ。
そこらへん詳しく教えてくれよ西洋かぶれ連中共が。
ほんとあいつら汚ねえよクリスマスだなんだ謳っといて結局考えてんのはいやらしいことばっかじゃねえか。
そしてクリスマスに予定がないことをバカにしあう不幸自慢大好きのクズ共の多いこと多いこと。
マジこの風習はわけわかんねぇ。
まあその点俺たちは違うよな。
クリスマスの日まで模試や補習入ってて忙しいし……。
つーか受験生だし正月もねえっての。
世間がクリスマス気分でふわふわしてようが何だろうが俺たちのすることは受験勉強以外にねえっての。
なんだっけ?
あれ……。
赤い服着たヤツ……。
何?サンタクロースって言うの?知らないけど。
なんか欲しいものを届けてくれるんだっけ?
俺たちの欲しいものっていったらそりゃあ受験本番の得点率だよ。
なあ、みんなそうだろ?

と言う会話がうちのクラスの一部で毎年挙がる。

しかし今回の記事、書きたいことはこんなことではない。


以下、俺にとっては大真面目な話になる。
なのでどうか俺のことを馬鹿にしないで最後まで読んで欲しい。




俺はサンタクロースの存在を信じる。

初めて家にサンタが来た時のことは覚えていない。
初めて来た時どころか、それから何度も家を訪れているはずのサンタのことを、俺は何も知らなかった。

クリスマスが何の日か知らずに、とにかくサンタが手紙入りのプレゼントを12月24日の夜に届けられ、プレゼントに対しては素直に喜んでいた。

そんな日が俺にもあった。

だがいつ頃からか、俺にとってのクリスマスの認識は変わった。

どこぞの知らんおっさんが、都合良く欲しいものを届けてくれる日、に成り代わっていた。




なぜ自分の欲しいものをおっさんが知っているのか、幼なながらに考えたことはあった。

母親に聞いて返ってきたときの言葉はよく覚えている。

「サンタさんがなぜあんたの欲しいものを知ってるかって?
それはサンタさんはお父さんの友だちだからだよ。
だから毎年、お父さんがあんたに毎年欲しいものを尋ねるでしょ?」

俺は妙に納得していた。

このころが小学校入学1年前くらいか?
覚えてないけど。




そしてその時の納得は、いつしか「両親がサンタじゃないのか」という疑念に変わっていった。

そうしたある年のクリスマスのことだ。
俺はサンタの姿を目撃した。

わが家のクリスマスは、忘年会もかねて隣に住んでいる祖父母一家そろって自宅で食事をする。

小さなクリスマスツリーを飾り立てていたのを思い出すと、いつから飾らなくなったのかと言う疑問も湧いてくる。

そしてまあその食事も終盤を迎えてケーキを食べようか、となったとき。

玄関のチャイムが鳴る。

玄関に飛んでいってドアを開けたのは姉だった。

そこには赤い服の長身の、白いひげの、白い布袋を担いだ、サンタが立っていた。

そして元気よく、「メリークリスマス!」とあいさつをした。

それからはもちろん姉弟三人大騒ぎ。
「サンタだサンタだサンタだ!」
姉も俺も妹も、裸足で玄関に集まってサンタに抱きつく。
「トナカイは?トナカイトナカイ!トナカイどこにいるの?」

俺と姉は無粋にもそれしか聞かなかったのを覚えている。

すると父親が答えた。
「トナカイとソリは向かいの寺の前に止めてあるよ」

そういわれた瞬間、外の寒さと寺までの距離を感じてか、トナカイへの関心は一気になくなった。

それからサンタは俺たち姉弟にプレゼントを配った。
俺には確かウルトラマンの本かなんかだった。

とにかく、その場では親戚一同とサンタクロースの競演が実現されていたのだ。

俺はそのとき、サンタクロースの正体が両親であるという疑念を晴らすことができたのだった。

サンタクロースは去った。

そして二度と現れることはなかったが、特に不満を覚えることは、1年後の俺にはなかった。




姉が中学生となった頃。

ここでサンタクロースの、「子どもにプレゼントを配る」という設定に問題が現れる。

中学生はサンタクロースが考える、「子ども」の範疇にあるのか、ということ。

今思えばこの頃から、俺のクリスマスは「サンタがやってくる日」から完全に「親が欲しいものを買ってくれる日」になった。




そして姉が高校に通いだし、俺は中学生、妹は小学校高学年となったころ。

俺へのサンタの贈り物は途絶えた。




俺が高校に入学して、最初のクリスマスがやってきた。

その日は模試だった。

スクールバスが運行しない、休日の模試の送り迎えというのは、会話の少ない俺たち親子にとって数少ない「会話だけ」の時間が、母親の運転する車の中で流れる。

ラジオでクリスマス曲が流れていたから、自然とした流れてクリスマスの話題になった。

「あんたサンタクロースの正体にいつ気付いた?」

母親がそう聞くもんだから、俺は「今も信じてるよ」と答えた。

そのときに俺は思った。

間違いなくサンタはいる。

クリスマス限定でもなんでもない。

年中、四六時中、サンタは人の心に居続ける。

親が子どもを育てること。

親の労力も、時間も、お金も、自由も、みんなみんな無邪気に、残酷に平らげてしまう子ども。

そんな子どもを育てたいと親が思うのは、間違いなくサンタクロースがいるから。

親が子どもに夢を与えたいと思うから、幸せになって欲しいと思うから、
サンタクロースは子どもに愛情を与える大人達の元に、活力を与え続けている。

だからあの日、わが家にサンタクロースがやってきた。

業者の人なのか父親の友人なのかは知れない。
だがあの日にサンタクロースがやってくる計画を念入りに立てて、プレゼントを用意して、毎年興奮して寝付けない子どもたちが寝静まるのを、目をこすりながら待っていられたのも、親に活力を与えるサンタクロースがいたから。

クリスマスをその家ごとにどんな風に過ごすかはそれぞれだ。

だがみんな、自分のために愛情の限りを尽くしてくれる人物は絶対にいるはずだ。

そんな人の元に、無意識のうちにぜったいに贈り物は届いているはず。

クリスマスはいわば、それを確認する日なのかも知れない。

メリークリスマス。
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ホントはクリスマス直前にUPしたかったけどいいか。
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